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第四章「一般編」

77話「とんでもなく狂った世界」

「あんたが紅はんの娘さんか。リサちゃんやったっけ?べっぴんさんやなぁ」

「なんであなたがここにいるんですか!?」

リンと共に閉じ込められた部屋、リサはそこにいた先客を目にし、驚愕した。

自身をさらった首謀者と思っていた存在の蛭害が手足を縛られて拘束されていたのである。

「あなたが私たちを攫った首謀者じゃないんですか!?」

「ちゃうちゃう。流石にこんな堂々と犯罪は行わんわ」

堂々としなければ犯罪は行うのかと思いつつも、リサは蛭害の話を聞く。

「これは部下の独断行動や。トウジョウ、ニケラ、ジャスパの3人が首謀者みたいやな」

「部下に裏切られたって事ですか?」

「恥ずかしい話、そうゆう事や。まぁ、あいつらは正確には僕の部下ってわけやなかったからな」

今回の事件の首謀者である3人とそれに協力している人員は全て、すすきのの裏社会を牛耳る話を持ち掛けてきた者が派遣してくれた人材だったと蛭害は話した。

そのため、蛭害自身も彼らの本当の目的を知らなかったのである。

「話持ち掛けてくれた人が派遣してくれたさかい、完全に信用しきっとったわ」

「その話を持ち掛けてきた人っていうのは誰なんですか?」

「そりゃ、わからんよ。直接会ったんやけど顔は隠してたし名前も聞いとらん。声も中性的やったから男か女かも分からんわ」

「えっ、そんな誰かもわからない人を信用したんですか?」

「せやで。ええ人やったからな」

「ええ人って…」

トウジョウ、ニケラ、ジャスパの3人も同じ人物から誘いを受け、同様の理由で承諾したらしいと蛭害は話した。

その話を聞いたリサは大きな違和感を感じながらも、蛭害から有益な情報を引き出すため話を続けた。

「すまんなぁ。僕から情報引き出そうと頑張ってるようやけど、持ってる情報はこんくらいしかあらへんのや」

「別にそんなつもりは…」

「隠さなくてもええで。僕としても君らみたいな子供を巻き込んだのは不本意やからな。せめて情報くらいはあげたいんやけど、ほんま申し訳ないわ」

「子供を巻き込んだのは不本意って…」

「言いたい事は分かるで。でもそれは常識の相違や」

『母の会社の職員にあれだけ酷い事をしておきながら、どの口が言ってるの!?』と、リサが口を開こうとした瞬間、蛭害がその言葉を阻むようにして言葉を発した。

「紅はんには何度も警告したで、すすきのの覇権を譲らな部下が酷い目に遭うってな。それに、実力行使も仕事上覚悟の決まってる護衛の人らだけを初めは狙ってたんや。それでも引かんから働いてる職員も狙った。ただそれだけや。僕としてはだいぶ優しく事を進めてたと思うで」

「ただそれだけって、そんなの犯罪でしょ」

「せやで。でも世の中の全てが法律で守られてるわけやない。必要なら違法捜査を行う警官だっておるし、脅されて判決変える裁判官だっておる。権力で事件揉み消す政治家もおる。自分の正義貫いたり、誰か守るためやったり、私利私欲やったり。理由は様々やけど誰もがルール守って生きてるわけやないんや。ルールを守ったあげくに自分や大切なもん守れないなんて本末転倒やしな」

「そんなの、犯罪を肯定するための言い訳じゃない」

「ルールを守る生き方は正しいで、それはとても綺麗な生き方や。でもな、それだけじゃ生きられない世界もあるし、そんな世界の生き方しか知らない僕みたいな人間もおるんや」

「狂ってるわ」

「自覚はあるで。だからこそキミらみたいな子供は巻き込みたく無かったんや。綺麗な生き方しか知らないキミらと僕らじゃ、同じ土俵では争えへんからな」

「同じ土俵って…あなたとお母さんは違う!」

同じ土俵で争うという言葉は、蛭害と争っていた紅も同じ狂った世界にいるという意味である事を察したリサは声を荒げた。

その様子を見ながらも、蛭害は表情を変えずに言葉を続ける。

「キミも薄々気付いてはるやろ。自分の母親がどんな生き方してたかくらい」

「それは…」

本人が意図せずとも、その道で活動していけば知らぬ間に人脈は形成されていく。そして、その人の世界もまた知らぬ間に変わっていく。

芸能活動を通して同年代の誰よりもその事を理解していたリサは、すすきのでもトップクラスの経営者として働く母が綺麗な世界だけに留まらない人脈を形成している事は理解していた。

だからこそ、否定はしながらも蛭害の言う狂った世界に母も足を踏み入れている事は薄々気付いていたのだ。

「ま、ここまで話しといてアレやけど、紅はんは完全にこっち側ってわけやなかったな。なりふり構わず人員集めて攻勢に出られてたら、ここら辺の人脈薄い僕なんか何もできずに終わってたわ。娘の前だからかは知らんけど、僕と争ってる間は真っ当なやり方しとったで。甘すぎやけどな」

だからこそ、突然現れた資金力だけある経営者なんかに足を掬われることになったと、蛭害は自虐を交えながら付け加えた。

「お母さんは…お母さんたち・は強いです。真っ当なやり方で必ず勝ちます。相手がたとえどんなに狂った世界にいても」

「そうか、お母さんの事信じてるんやな。ええ心構えやと思うで」

これでこの話は終わりだと言いたげな蛭害の表情を目にし、リサはまだ言い足りない気持ちを静かに収めた。

これ以上、お互いの常識をぶつけ合っても平行線を辿る事は目に見えていたためだ。

「そや、あと1時間もすれば僕の体内にあるGPS辿って信頼できる部下が駆けつけてくれるはずやで、大勢の警官引き連れてな」

「結局は警察に頼るんですね」

「せやで、さっき散々言っときながら最後は法の力や。法を無視したあげくに自分が危なくなったら法に頼る。これが狂った世界の人間の強みなのかもなぁ」

「そうですか」

次はリサがこれ以上話す事はないとでも言いたげな表情を蛭害へ向けた。

蛭害はその表情に肩をすくめながらも話を続ける。

「ちょっとした冗談や。とりあえず、部下が駆けつけたらキミらは優先的に逃げれるよう手配する。だからその時が来たら安心してくれてええで」

「最後は良い人ぶるんですか」

「そう思っててもろてかまわん。子供を巻き込まないっちゅうのは僕の勝手な信念や。この世界で生きると決意した時に定めた僕だけのルールや。せやから、僕も勝手に行動させてもらいますわ」

(ま、僕の部下と警察が駆けつけたところでトウジョウには敵わんやろうけどな。混乱に乗じてこの子ら逃すくらいはできるやろ)

蛭害はそう思いながらも口に出す事はしなかった。

蛭害ですら想像もつかないほど狂った世界に身を落とし、人の域を超えた戦闘力、暗殺術、掌握術を得ているトウジョウ、ニケラ、ジャスパの3人。彼らを止められる存在など、この平和な日本に居るわけがないと考えていたためだ。

(狂った輩相手にするには、それ以上に狂った力を持ってへんと敵わんのや。そんな奴おるわけ…ん?)

リサと共に連れてこられた白髪の少女が不意に立ち上がり、独り言を呟きながらすたすたと施錠された扉へ近づいていく。

「でも取られちゃった刀は返してもらいたいから、おじさんには見られちゃうかも…」

(この子は何を一人で話しとるんや?というか…おかしないか?)

その姿を目にした蛭害は大きな違和感に気がついた。

「嬢ちゃん…どうやって縄解いたん?」

「ほんとだ。リンちゃんも手足結ばれてなかった?」

「んー…ひみつー。2人の縄もほどけてるよ」

「何を言って…ほんまや、解けてる」

「あ、私のも解けてる。え、どうして?」

蛭害は何かに斬られたと思われる縄の鋭利な断面に気がつくが、あえて口にはせず白髪の少女の動向を観察した。

「とびらもあいてるー」

そう言いながら、先程まで厳重に鍵がかけられていた鉄の扉を軽々と開けて出ていこうとする少女。

(…あれ?僕、とんでもなく狂った世界に踏み込んでもうてる?)

蛭害は白髪の少女を驚愕の眼差しで見つめながら、静かにそう思うのだった。

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